あらすじ
あらすじ
(昭和2年の物語の幕開け)
法華経を信じていた、20代後半の教師の男がいた。男子校で「アルパカ」というあだ名をつけられて、
ホモソーシャルな空気の中で、兄貴分のように、生徒たちに慕われていた。
生徒に劇をやらせたり、フィールドワークをさせてみたり。一風変わった教師だった。
彼は法華経の教え(の、彼なりの解釈)に従い、終生妻帯しないつもりで禁欲をしていた。
聖人君子ではない。煩悩のある若い男が禁欲をするのだから、それなりに悩みがあった。
高校生の頃にあこがれた看護婦。教師になってから惚れた看護婦。妹の友人の小学校教師。
魅力的な女性に近づきたくなっては、物語を書いてみたり法華経を叫んでみたりして自制する。
夜に突然冷たい水で水垢離をはじめて、周囲に驚かれることもあった。
大正15年、彼は30歳になった。
その男は、教師をやめて自分の思想を伝える農業学校を作ろうと夢見て、
富豪であった実家が持っている空き家を借りて、小さなサロンを始めた。
農業学校の生徒を集めて化学や農業、芸術の講義をし、
生徒たちをあつめて小さな(そしてへたくそな)オーケストラを作り
農民芸術を実践すると称して、生徒たちと芝居の練習をしてみたりした。
法華経の教えを文学の力で伝えよ、という、法華経の団体「国柱会」のメンバーの教えに感化され、
教えを伝えるような子供向けの童話を作りたいと願っていた賢治は、毎週土曜日の夜に、地元の農民の子供を集めて
自作の童話を読み聞かせていた。
大正15年の秋。それを聞いた、近くに住む小学校教師高瀬露(25歳)がサロンの活動に加わるようになった。
サロンの整理整頓や、ちょっとした食べ物の準備、劇のヒロイン役を買って出て、
女学校出でオルガンも上手だったので、時にオーケストラのオルガン奏者として。
露は、サロンの仲間になっていった。
大正15年12月25日、元号が変わり昭和元年が訪れた。5日後には、昭和2年の元旦となった。
昭和2年の冬、賢治は(当時の)結婚適齢期をとうにすぎ、露もそろそろ嫁き遅れ。
周囲は「結婚してしまえばいいのに」と囃し立てた。
彼は、終生妻帯しないつもりだったのに。
生徒たちの軽口の結果か、昭和2年の夏、賢治は露に触れてしまう。
(昭和6年の物語の幕開け)
サロンの失敗から、数年たった、昭和6年のこと。
心身の療養として実家に軟禁され、パラサイトシングルをしていた彼に
東京で働く昔からの友人、菊池が、以前見合いした女性がまだ独り身だと告げる。
知人である画家の女性が近所に住んでおり、その女性が、ちゑと女学校時代からの友人で、情報を掴んだというのである。
一念発起した彼は、終生禁欲、終生妻帯しないという誓いをあっさりと棄てて
サラリーマンになり、東京にいる彼女を嫁にもらおうと一念発起する。
それと同時に、東京の文壇で、今までと違う作風で一旗揚げてやろうと、「大人の童話」の出版を企画する。
昭和6年七夕、学校を卒業し新聞記者になっていた元生徒、ソウに、春画絵師を紹介してもらう。
「おとなの女」を描くと決めて、人生でたったひとり、肌に触れた女――露を思い出す賢治。
描くのは、星座をモチーフにした大人の童話。2人の、縄に繋がれた女の話
―高慢な口がもとで椅子に縛られた悪女「カシオペア」と、いわれなき苦難に遭う聖なる乙女「アンドロメダ」
紹介してもらった春画モデル(娼婦)の誘惑に乗り、賢治は初めて女を抱く。
その女は「聖女」ちゑとよく似ていた。
そして、その女の背中にはカシオペア座のようなほくろがあった。
露の肌の感触を思い出す。女の肌はひとりひとり違うのだと、思う。
昭和6年8月。大人の童話の挿絵案は、一冊の本になるくらい厚くなっていた。
賢治は、自分が夢溢れていたころに書いていた童話「銀河鉄道の夜」をずっと捨てられずトランクに入れて持ち歩いたまま、
「大人の童話を書く」という名目のもと、享楽に溺れていった。そのとき、賢治を病魔が襲った。
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